夢中で寄り道でもそれが一番の近道だったかも。

詞人くまさん

詞人くまさんのプロフィール写真

はじまり

福島県福島市生まれ。

子どもの頃から、
特別に言葉が好きだったわけでも、
文章を書くことが得意だったわけでもありません。

むしろ、
何をやっても長く続かない人間でした。

面白そうなものを見つけると夢中になり、
「これだ」と思って始めてみる。

でも、しばらくすると、
また別の何かに目が向いている。

本人には、
何かを「やめた」という感覚すら
あまりなかったのかもしれません。

ただ、そのとき夢中になったものへ向かい、
それまでやっていたことを
いったん置いてきただけ。

振り返れば、
そんなことをずっと繰り返してきました。

母に抱かれた幼い頃家族と過ごした幼い頃

普通に生きようとしていた頃

仕事もそうでした。

周りのみんなと同じように働いて、
ちゃんと社会に馴染もうと、
自分なりに必死にやってきたつもりです。

「今度こそは」と思っても、
また続かない。

頑張ろうとするほど、

どうして自分には、
みんなが当たり前にできることが
できないんだろう。

そんなふうに、
自分を責めるようになりました。

長髪だった頃の詞人くまさん

「お前は、いったい何がしたいんだ?」

そう言われたことも、
一度や二度ではありません。

自分でも、
よくわかっていませんでした。

根気がない。

我慢が足りない。

何をやっても中途半端。

社会に馴染めない不適合者。

そんな自分を一番責めていたのは、
たぶん自分自身だったと思います。

短髪だった頃の詞人くまさん

人生には、いろんな時間がある

その間にも、
人生にはいろんな時間がありました。

家族と過ごした時間。

誰かと笑った時間。

何かに夢中になった時間。

今振り返ると、

「なぜ、あんなことをやっていたんだろう」

と思うようなことまであります。

でも、その頃の自分にとっては、
どれもそのとき歩いていた道でした。

若い夫婦の笑顔 寄り添って笑う夫婦 夕暮れの街を家族と眺める時間 仲間たちとの集合写真
ギターを弾き歌う姿 若い頃の姿 舞台に立つ若い頃 大勢の仲間と笑い合う時間

2011年

2011年、東日本大震災。

福島で被災したことをきっかけに、
北海道へ移り住みました。

それまで当たり前だと思っていたものが、
当たり前ではなくなりました。

場所も。

暮らしも。

人とのつながりも。

人生の道そのものが、
大きく動いた出来事でした。

海を前にNEVER FORGET 311と記された服を着る後ろ姿

詞人くまさんの始まり

そして40歳を目前にして、
それまでの仕事を辞めました。

次に始めたのは、

路上で言葉を書くこと。

書道を習っていたわけでもありません。

字が上手だったわけでもありません。

むしろ子どもの頃は、
習字が大嫌いでした。

大きな筆で作品を書く姿

周りから見れば、

「また何か始めた」

だったと思います。

大反対もされたし、
鼻で笑われたりもしました。

それでも、
始めました。

机に向かい筆で言葉を書く姿

それが、「詞人くまさん」の始まりでした。

目の前の人のために書く

路上に座って、
たくさんの人と出逢いました。

話を聞き、
その人を想い、
その人のためだけの言葉を書く。

ただ、
目の前にいる一人の人へ
言葉を届けていました。

書き下ろした作品を持つ詞人くまさん届けた作品をお客さまと一緒に持つ姿
木の前で書き下ろし作品を掲げる詞人くまさん

たくさんの言葉を書き、
たくさんの出逢いが、
少しずつ自分の道になっていきました。

言葉が広がっていく

人との出逢いから、
少しずつ世界が広がっていきました。

路上で書いていた言葉は、
やがて本になりました。

言葉を歌にするようになりました。

人前に立つことも増えました。

映像をつくるようにもなりました。

詞人くまさんの著書
仲間とライブで歌う姿仲間と笑顔で立つ姿

ひとつのことを
ずっと続けてきたわけではありません。

そのときそのとき、
面白いと思ったものに夢中になり、

気づけば表現する方法が
少しずつ増えていました。

寄り道は、消えない

もちろん、
その間にも寄り道はたくさんしました。

途中でやめたこともあります。

失敗したことも、
たくさんあります。

でも今になって振り返ると、

続かなかったことも、
無駄ではなかった気がするのです。

公園で空を見上げる姿

そのとき覚えたことが、

何年も経ってから、
まったく別の場所で役に立つ。

昔置いてきたと思っていたものが、
ある日突然、
今やっていることにつながる。

あの頃はバラバラに見えていた道が、

少しずつ一本につながってきました。

出逢いと別れ

そして道を歩いていれば、

人とも出逢います。

様々な出逢いがあって、

様々な別れもある。

父と二人の子どもが手をつないで歩く後ろ姿

離れてしまう人もいる。

もう会えなくなる人もいる。

それでも、

その人と過ごした時間まで
消えてしまうわけではありません。

一緒に見た景色も。

交わした言葉も。

そのとき感じたことも。

どこかに残っている。

そしてまた、

めぐり逢う。

三人の子どもが湖を見つめる後ろ姿

ここまでの道、これからの道

続かなかったからといって、

そこまで歩いた時間まで
なくなるわけではありません。

途中でやめた道にも、

そこで見た景色があります。

そこで覚えたことがあります。

そこで出逢った人がいます。

だから今は、

また別の道を歩いてもいいと思っています。

仲間と街を歩く詞人くまさん

書くことも。

本をつくることも。

歌にすることも。

映像にすることも。

そしてこれから出逢う、

まだ名前も知らない何かも。

きっと、
どこかでつながっていく。

夢中で寄り道。

でもそれが、

一番の近道だったのかもしれません。

たぶんこれからも、
寄り道をします。

何かを始めて、

また違うものを見つけて、

そっちへ歩いていくこともあるでしょう。

そしていつか振り返ったとき、

「ああ、ここにつながっていたのか」

と笑えたら、
それでいい。

ここまでの道。

これからの道。

詞人くまさんは、

まだ寄り道の途中です。

これまでの道を静かに振り返る詞人くまさん
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